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借地借家法ー歴史

  • 1921年旧借家法が成立し借地法の添え物で借主保護も徹底していませんでした。
  • 1938年戦時色が濃厚になった国家総動員法が成立。
  • 1939年地代家賃統制令が公布されて家賃や地代を上げることが出来なくなりました。
  • 家主側はそれに対して不満で、借家契約の更新を拒否していったん契約を終了させて、同じ借家人と新規契約をしなおすとき礼金を取って実質的な家賃の増額をはかるなど違法行為が横行しました。
  • 1941年借家法を改正し借家契約の更新を拒否するには『正当ノ事由』が必要になりました。すなわち、いかに期間定めた借家契約を結んでいても『正当の事由』がなければ更新を拒否することが出来ず、いったん貸した借家の明渡しは出来なくなりました。『正当ノ事由』は時代の変化とともにかわりました。
  • 戦前は家主の不当な賃料値上げを防止するという借家法第1条ノ2の趣旨から家主みずから使用する必要がある場合には、借家人の事情にかかわらず正当ノ事由があると認められました。ところが第二次大戦が終わって戦災の焼失による住宅難の時代になると家主と借家人の双方の諸事情を比較考慮して正当ノ事由が判断されるようになりました。すなわち、たとえ家主がみずから使用する必要があっても家主の請求が容易に認められなくなりました。
  • 1950年代になると立退料に関する裁判が増え賃借人保護が強調されましした。
  • 1960年代になると立退料等の名目の金銭を支払えば解約の『正当ノ事由』と斟酌されるようになりましたが、高度経済成長とともに立退料は高額化しました。
  • また、「借家権価格」なる概念が生まれた。
  • 1981年東京高裁は老朽ビルの取壊新築に際して3億4000万円の立退料を認めました。
  • 1995年に東京地裁は賃貸ビルの解約申し入れに際して2億2500万円の立退料を認めるなど常識を超えた金額になりました。「借家権価格」というのはすでに支払った家賃を時点修正するものが、バブル時には家賃の数百倍もの立退料が算定されるようになしました。
  • バブル期はそれだけの立退料を支払っても再開発によって十分に利益が得られたので>問題になしませんでした。中には再開発による利益の一部を借家人に分配するのは当然だと正当化する意見もありありました。
  • そしてバブル崩壊ともに立退料の高額化しただけでなく判例を分析しても立退料がいくらになるか皆目予測がつきません。また立退き請求訴訟を起こしても時間的にも労力的にも金銭的にも大変です。

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